東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)3号 判決 1978年3月29日
原告
株式会社ヤシカ
被告
特許庁長官
被告補助参加人
セイコー光機株式会社
外2名
主文
特許庁が昭和48年10月9日同庁昭和43年審判第6480号事件についてした審決を取消す。
訴訟費用中、参加によって生じた分は補助参加人らの負担とし、その余は被告の負担とする。
事実
第1. 当事者の申立
原告は、主文第一項同旨及び「訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第2. 請求の原因
1. 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和39年10月15日特許庁に対し、名称を「露光時間自動調定装置における作動スイッチ」とする考案につき実用新案登録出願をしたが、昭和43年6月6日拒絶査定を受けたので、同年8月21日審判を請求し、同庁同年審判第6480号事件として審理された。そして、右登録出願について昭和46年6月15日出願公告をされたが、中村剛明ほか5名より登録異議の申立があったので、原告は、昭和47年4月24日付手続補正書をもって本願明細書の記載を補正した(以下この補正を単に「補正」という。)ところ、昭和48年10月9日、右手続補正を却下する旨の決定及び「本件審判の請求は成り立たない」との審決があり、審決謄本は同年12月14日原告に送達された。
2. 本願考案の登録請求の範囲
Ⅰ 補正前のもの
板面上に各種撮影限界を確認するための警告表示装置の作動回路閉成端子及び露光時間自動調定装置の作動回路閉成端子等の多数の端子(2)、(2)'、(2)"……を同一方向に沿って順次配置した固定基板(1)を設け、シヤツター釦の同一方向一連の押圧降下操作に連動する移動部材(3)に取り付けた可撓接点(4)、(4)'、(4)"……をその移動域に対してこれらを順次橋絡するような位置に臨ませ、かつ、前記警告表示装置の作動回路に続き露光時間自動調定装置の作動回路を順次閉成した後の前記移動部材(3)の最終降下域でシヤツターレリーズレバー(5)を起動すべくなした露光時間自動調定装置における作動スイツチ。(別紙第1図面参照)
Ⅱ 補正後のもの
板面上に各種撮影限界をランプ点滅によつて確認するために各限界感知に応じて装置回路に切り替えるための多数の端子を有する警告装置の作動回路閉成端子及び露光時間自動調定装置の作動回路閉成端子等の多数の端子(2)、(2)'、(2)"……を同一方向に沿つて順次配置した固定基板(1)を設け、シヤツター釦の同一方向一連の押圧降下操作に連動する移動部材(3)に取り付けた可撓接点(4)、(4)'、(4)"……をその移動域に対してこれらを順次橋絡するような位置に臨ませ、かつ、前記警告表示装置の作動回路に続き露光時間自動調定装置の作動回路を順次閉成した後の前記移動部材(3)の最終降下域でシヤツターレリーズレバー(5)を起動すべくなした露光時間自動調定装置における作動スイツチ。
3. 本件補正却下決定の理由
第1項記載の手続補正書は、その第2項において、実用新案登録請求の範囲を補正するものであり、その補正内容は、「各種撮影限界を確認するための警告表示装置」とあるのを、「各種撮影限界をランプ点滅によつて確認するために各限界感知に応じて装置回路に切り替えるための多数の端子を有する警告装置」と補正するものである。ところで、警告装置をランプの点滅によつて行なうことは、各種機器に採用される慣用技術であるので、この点を加えることによつて、本願考案が登録要件を備えたものであるとすることはできず、本件審決の理由に記載したと同じ理由により実用新案登録を受けることができないから、実用新案法第41条、特許法第159条、第54条第1、2項の規定によつて却下すべきものである。
4. 本件審決理由の要点
本願考案の要旨は第2項1のとおりである。
特許出願公告昭35-14275号公報(以下「引用例」という。)には、コンデンサーと抵抗からなる遅延装置によつてシヤツタ羽根の保持磁石を作動させてシヤツタを閉じる自動露光時間調定装置において、光電池によつて作動される検流計コイルによつて絞りを作動させる一方、測定指針はシヤツタタイムを表示するとともに、その指針に設けた接触片を抵抗に対向して振らせ、レリーズノブの一方向押圧によつて指針に設けた接触片が抵抗に接触して遅延回路の抵抗値を可変に調定するカメラの自動露光調定装置(別紙第2図面参照)が記載されている。
本願考案と引用例の装置を比べると、
A 本願考案では、各種撮影限界を確認するための警告表示装置、露光時間自動調定装置及びレリーズが順次作動するのに対し、引用例では、シヤツタタイム表示装置、露光時間自動調定装置が順次作動する。
B 本願考案では、板面上に設けた多数の端子とシヤツタ釦の同一方向の押圧操作に連動する移動部材に取付けた可撓接点により、電気的にAの起動を行なうのに対し、引用例のものは、シヤツタタイム表示装置は、シヤツタ釦の押圧とは無関係に光電池による検流計の測定指針により表示するものであり、露光時間自動調定装置の起動は、レリーズノブの押圧により測定指針の接触片と抵抗の接触によるものである。
の2点において差異がある。なお、本願考案においてシヤツタ釦の最終降下域でレリーズレバーを起動する点は、引用例のものも、レリーズノブの性質上、その最終降下域でシヤツタ羽根リングの爪を解除してシヤツタを起動するものであるから、両者に実質的な差異はない。
A点について
引用例には、1秒以下のタイムを目盛つた目盛上で露光時間を読取る旨の記載があり、自動露光調定装置を備えたカメラにおいては、通常露光時間を知らなくても適正露出を得られるにも拘らず、露光時間表示装置を設けたのは、撮影限界の警告表示等として設けられたものである。そして、露光時間に関する撮影限界は、高速側、低速側の両方にあるから、これに応じて単に本願考案のように表示を複数とすることは自明の事項である。
B点について
本願考案の警告表示装置を電気的にその作動回路を橋絡することにより作動させた点は、露光時間自動調停装置を周知の光導電素子を用いた装置とした場合の当然の設計であつて、この点に特に考案は認められない。さらに、シヤツタ釦の同一方向一連の押圧操作によつて回路を切換えるスイツチとした点は、実用新案出願公告昭38-9836号公報(以下「周知例」という。)に、プリント接点を備えた接点板上に切換弾条が摺接し、押釦の押下げにより回路の切換を行なうようにした押釦装置が記載されているように、スイツチの構成自体としては周知のものであつて、このような周知スイツチをシヤツタ釦に転用したに過ぎず、きわめて容易に考案できたものである。
したがつて、本願考案は、全体として引用例のものからきわめて容易に考案することができたものといえるから、実用新案法第3条第2項の規定により登録を受けることができない。
5. 審決の取消事由
Ⅰ 補正却下の違法に基づくもの
本件補正却下決定は、後記の理由によつて違法であり、前記手続補正書による登録請求の範囲の補正は許されべきものであつた。したがつて、同決定を前提とした本件審決は、本願考案の要旨認定を誤つた違法があるから、取消されるべきである。
(1) 本件補正却下決定は、その理由中に審決の理由を引用していることからみて、審決成立後になされたことが明らかであるところ、事件が審判の係属を離れた後に補正を却下することはできないから、当然無効の決定というべきである。
(2) 本件補正のうち、実用新案登録請求の範囲を補正する内容が補正却下決定の認定するとおりであることは争わない。しかし、同決定が補正後の本願考案について登録要件を備えないと判断したことは、次の理由により誤っている。
(イ) カメラに内装したランプの点滅によつて各種の撮影限界の警告表示をすることは、従来にない全く独自の発想であり、決定のいうような慣用技術ではない。
(ロ) また、補正後の本願考案は、右補正内容の構成をとることによつて登録要件を備えているにかかわらず、補正却下決定は、「警告表示をランプの点滅によつて行なう」点のみを取上げ、「各限界感知に応じて装置回路に切り替えるための多数の端子を有する」との構成を看過している。
Ⅱ 審決に固有の違法
仮に、本件補正却下決定が正当であるとしても、審決は、後記のとおり認定ないし判断を誤り、その結果、補正前の本願考案について、引用例との対比において進歩性を否定した違法があるから、取消されるべきである。
(1) 審決は、引用例におけるシヤツタタイム表示装置(検流計の指針と目盛)をもつて本願考案の各種撮影限界を確認するため警告表示装置に相当すると解したうえ、引用例では、シヤツタタイム表示装置、露光時間自動調定装置が順次作動すると認定している。しかし、引用例の検流計の指針と目盛は単なるメータであつて、撮影限界の警告表示装置ではなく、かつ、引用例にあつて、シヤツタ釦の押圧によつて順次作動するのは、シヤツタ羽根の全開→露光時間自動調定装置の起動であつて、審決のいうシヤツタタイム表示装置は、シヤツタ釦の押圧によつて作動するのではなく、常に作動状態にあるのである。したがつて、審決の認定は誤つている。
これに対し、本願考案においては、シヤツタ釦の押圧→各種警告表示装置の作動→露光時間自動調定装置の回路の端子閉成→シヤツタレリーズレバーの起動と順次作動するものであつて、このようなシヤツタ釦の押圧による順次作動がその特徴の1つとなつている。
(2) 審決は、引用例における露光時間自動調定装置の起動がレリーズノブの押圧による測定指針の接触片と抵抗の接触によると認定しているが、誤りである。すなわち、測定指針の接触片が抵抗に接触しても、接触17・18は開放したままであるから、露光時間の自動調定はまだ行なわれず、この時点から、シヤツタ釦を押圧してシヤツタ羽根を起動させ、それが全開して接触17・18が閉成したときに始めて露光時間自動調定装置が起動するのである。
これに対し、本願考案においては、露光時間自動調定装置の回路の端子閉成はシヤツタ釦の押圧によるスイツチ接点の閉成によつて行なわれ、しかも、シヤツタレリーズレバーの起動、すなわちシヤツタの開き始めに先立つて露光時間自動調定装置の電源回路が閉成されるから、回路の安定性は極めて優れ、引用例におけるごときシヤツタ全開と同時に電源回路及び露光時間自動調定装置の作動回路が端子閉成されるものに比し、卓越した効果を発揮するものである。
(3) 審決は、「撮影限界は、高速側、低速側の両方にあるから、これに応じて単に本願のように表示を複数とすることは自明の事項である。」とする。
しかし、本願考案は、その明細書に記載された目的から明らかなように、指針を持つたメータを一切使用しない電気シヤツタ付カメラを対象としている。このようなカメラにおいては、従前メータ指針が振り切れるか、または全く振れないかにより確認できた高低限界さえも全く予知できないことになるので、本願考案では、極高照度域限界はもちろんのこと、電源チエツク、手振れ限界、極低照度域における機械的作動限界等各種の撮影限界を露光時間自動調定装置の電源回路閉成に先立つて確認するため、多数の警告表示装置としての端子を配置したものである。したがつて、これをして単に自明の事項に過ぎないとするがごときは全く本願考案の本質を看過したものである。
(4) 審決は、本願考案において、シヤツタ釦の同一方向一連の押圧操作によつて回路を切換えるスイツチとした点について、周知例をあげたうえ、周知スイツチをシヤツタ釦に転用したに過ぎないとして、その点の進歩性を否定している。
しかし、本来転用というためには、他業界において、ある物が非常に一般的に普及しており、かつ、この種業界においても、これを容易に採り入れる習慣がなければならない。ところが、周知例の実用新案は、本願考案の出願の僅か1年余り前に出願公告されたものである。そして、当該出願人にあつても、このスイツチを実施した事実はなかつたものである。この点からしても、このスイツチが周知であつたということは到底できない。小型カメラといつた非常に限られたスペース内に各種の機構を組み入れなければならないものにあつては、この種スイツチをカメラ内に組み込むがごときは全く想像さえつかなかつたものである。
しかも、本願考案は、周知例のスイツチをそのまま採り入れたものではなく、シヤツタ釦の同一方向一連の押圧操作によつて、連動する移動部材が各種撮影限界警告表示用の多数の端子及び露光時間自動調定装置の作動回路の端子を順次橋絡するように、これらの端子を移動部材のストローク内に同一方向に沿つて配置したものであり、この構成によつて、シヤツタ釦のストロークの範囲内という限られたスペース内で各回路の切換及びレリーズ起動をシヤツタ釦押下げの1操作で行うことができるという優れた作用効果を収めるのであるから、これをもつて周知スイツチの単なる転用に過ぎないとする審決の判断は誤りである。
第3. 被告及び同補助参加人らの答弁
1. 請求原因1ないし4の事実は認める。
2. 同5のうち審決取消事由の存在は争う。本件補正却下決定及び審決の認定ないし判断は正当であつて、原告主張のような違法はない。
Ⅰ 原告主張のⅠの(1)について
本件補正却下決定がその理由中に審決の理由を引用していることは争わない。しかし、この点を捉えて決定及び審決を違法とする原告の主張は、次の理由によつて不当である。
(1) 同日付で行われた審決と決定とは、各謄本がともに請求人に送達され、それらの内容の告知において支障がないものであるから、理由の記載方法として重複する部分を一方において他方を引用して事務の簡素化を計つたに過ぎない。本件の審判事件においては、審決、補正却下の決定及び登録異議の決定が同日付けで行われているが、補正却下の決定、登録異議の決定、審決の順で行れたものである。
(2) もし、原告の主張を容れて審決が取消されるとすると、新たな手続によつて、従前と同一内容の補正却下決定及び審決がされるが、これに対して、原告が再度の審決取消訴訟を提起しても、その訴訟における実体的違法事由の主張は、本訴における主張と同一ならざるをえない。その意味において、原告の右主張は、原告にとつて格別の利益がなく、原告みずから手続遷延の結果をもたらすことになるだけであるから、もともと主張の利益と必要を欠くというべきである。
(3) また、審決の判断対象が、特定の技術、たとえばAの新規性・進歩性の存否にあり、補正却下決定の審理判断対象が、Aの一構成要件をさらに限定した発明の新規権・進歩性にあるからには、判断過程ないし心証形成行為過程において、まず、共通の上位思想Aの新規性・進歩性を検討することになるのは、けだし事理の当然である。ところで、補正却下決定の内容と審決の内容との間には、前者の判断結果(補正却下)が後者の論理的前提をなす関係がなければならないが、両者の間に矛盾がなければ足り、これらが文書として同時に成立し送達されることを否定すべき実質的理由はなんら存しない。そして、補正却下決定書と審決書との同時作成が許されるからには、文書の記載の繁雑重複をさけるため、2文書中の一方の記載を他の記載中に引用するのは文書作成上の便宜にすぎず、また、その引用に際して、いずれの文書中の記載を他の文書に引用するかは、これまた便宜の問題にすぎない。
Ⅱ 原告主張のⅠの(2)について
(1) ランプの点滅による警告表示は、自動車の制動灯、後退灯、方向指示器等何人も熟知するところの慣用技術であるから、この慣用技術を要旨に加えることによつて本願考案が登録要件を備えることになるものではない。右技術が製品としてのカメラに広く実施されていなかつたのは、電源をあらたに設ける必要があるとか、電池の消耗を嫌うとか、製品の経済性を考慮したためであつて、着想自体の困難性を示すものではない。
(2) 次に、補正前の「固定基板1に設けた多数の端子2、2'、2"……」が、各種撮影限界を確認するための警告表示装置の作動回路閉成端子及び露光時間自動調定装置の作動回路閉成端子に対応するものであることはその文章構成上から明らかである。そして、この多数の端子が回路を順次切り替えるためのものであることは、本願明細書本分の記載をまつまでもなく、補正前の登録請求の範囲の記載自体から明らかであるから、補正前の「各種撮影限界を確認するための警告表示装置の作動回路」は、当然複数と認められるものであり、その「閉成端子」も当然複数であり、これら複数の端子(2、2'……)は、各種撮影限界(複数)に応じてその表示回路(複数)を切り替えるものであることが明らかである。したがつて、「各限界感知に応じて装置回路に切り替えるための多数の端子を有する」とした補正多部分は、補正前の構成要件の記載自体から自明の事項であつて、補正後の考案の要旨を認定するに当り全く影響するところがないものである。
そうすると、補正後の考案が登録要件を備えているか否かを審理するに当り、「ランプ点滅による警告」の点のみを審理判断した点に違法はない。
(3) また、補正部分中の「装置回路」ないし「警告装置」とは、本願明細書中に「警告表示する装置」、「該装置の電気的回路」、「該回路装置」、「警告表示装置」、「表示装置回路」等と表現されているところのものであり、結局、補正部分は、明細書の説明にいう「警告表示するための装置回路の選択的回路切換え」、または「各種撮影限界確認のための警告表示装置を順次切替える」に必要な警告表示装置数に応じた数の端子を有すべきことを明らかにしているにすぎないから、補正前の登録請求の範囲に記載されている事項と同一であつて、新たな訂正減縮には当らないというべきである。
したがつて、本件補正却下決定が原告主張の点につき判断を加えていないのは当然のことである。
Ⅲ 原告主張のⅡの(1)について
引用例のものは、光電池121に光が当たると、検流計コイル122が作動し、その指針123が、1秒以下のタイムに目盛つた目盛124上で、抵抗117の変化により調整された露光時間を読取ることができる指示装置となつている。そして、この指針123は、レリーズノツブ125の押圧により抵抗117と接触して露光時間自動調定装置における遅延回路の一部を構成するものである。すなわち、引用例には、まず表示装置が作動し、次いでシヤツタ釦の押圧により露光時間自動調定装置が作動するものが示されている。そして、その順序に従つてシヤツタ釦の一連の操作によつて作動させることは、当業者にとつて自明の事項に過ぎない。
原告は、シヤツタ釦の押圧による順次作動が本願考案の特徴の一つであると主張するが、本願考案の登録請求の範囲には「露光時間自動調定装置の作動回路の閉成」と記載されているだけで、これが直ちに「露光時間自動調定装置の作動開始」を意味するものでなく、また、特徴の一つであると主張する前記構成に基づく具体的な作用効果も明らかにされてないから、この構成が考案として格別意義のある事項とはいえない。
Ⅳ 原告主張のⅡの(2)について
引用例のものは、レリーズノブ125の押圧により、測定指針123の接触片126が抵抗117に接触することにより、露光時間調定装置の抵抗値が決定されるとともに、その部分の回路が閉成される。もつとも、露光時間調定装置の実際の遅延時間の測定開始は、羽根リング11の回動によりシヤツタ羽根10が開放して接触17、18が閉成した後に行われるものであるが、レリーズノブの押圧による露光時間自動調定装置の第1段階作動が、測定指針の接触片と抵抗の接触により始まり、次いで、シヤツタが起動されるものである。
原告は、本願考案における露光時間自動調定装置の回路閉成がシヤツタレリーズレバーの起動に先行する旨主張するが、引用例も、シヤツタ釦の押圧によるスイツチ接点の閉成により露光時間自動調定装置の抵抗値が決定されるとともに、その部分の回路が閉成されるのである。
なお、電子シヤツタにおいては、実際の遅延時間の測定開始は、その電気的作動回路の端子の閉成だけでなく、受光素子への露光を伴つて始めて行われるから、受光素子をどのように配置するかによつて実際の遅延時間の測定開始時点は異なるものである。すなわち、レンズシヤツタ付撮影レンズを通過した光を測定する形式のカメラでは、電気的作動回路のすべての接点が閉成されても、遅延時間の測定は開始されず、シヤツタが開き始めて受光素子に露光して始めて測定が開始されるのである。そして、本願考案の要旨には、露光時間自動調定装置について何も具体的に特定していないものであるから、本願考案が、シヤツタレリーズの起動に先立つて露光時間自動調定装置の遅延が開始している点に特徴があると主張することはできないものである。
Ⅴ 原告主張のⅡの(3)について
カメラにおいて複数の警告表示をすることはありふれた事項である。また、露光時間自動調定装置の素子として光導電素子を用いた場合には、電源電池をカメラに組込むのが普通であるから、この場合に、警告表示装置のように消費電力の少い装置を機械的でなく電気的に行なうようにすることは、技術常識を有する者が当然考えるところであり、その際電池の消耗などを防止し、必要時期において回路を閉成するようにスイツチを設けることは、普通に行なわれる事項である。
Ⅵ 原告主張のⅡの(4)について
本願考案のスイツチ自体の構成は「多数の端子を同一方向に沿つて順次配置した固定基板と、この固定基板に対して同一方向に移動する移動部材に取付けた可撓接点とを対向して設けたもの」であつて、同一方向の操作で回路を順次切換える作用を行なうものである。このようなスイツチは、スライドスイツチとして古くから知られており、周知例は、このようなスイツチ自体を始めて考案したものではなく、それがすでに知られたものであることを前提とし、その製造を容易にするための改良に考案が向けられたものであり、しかも、特殊技術分野に使用されるものとしてではなく、一般電気部品として記載されているものである。そして、本願考案が関連する露光時間自動調定装置は、通常電気的に制御され、この場合にはカメラにスイツチが組込まれるのが普通である。したがつて、一般電気部品としてのスイツチが、本願考案の露光時間自動調定装置におけるスイツチとは全く異なる技術分野に属するものであるとはいえない。
また、シヤツタレリーズノブは、シヤツタレリーズ以外の予備動作を行なう場合にも、同一方向の押圧操作とするのが普通であつて押圧操作を2方向としたものがあつたとしても、それは特別の意図を有する例外の事例である。したがつて、これと連動する切換スイツチは、その移動部材をシヤツタレリーズノブの1方向の押圧操作に連動させるのが最も普通の設計である。そして、この場合における具体的連動機構は本願考案の要旨とするところではなく、本願考案の実施品と称するものが、レリーズノブのストロークの範囲内の限られたスペース内で回路切換えを可能としたものであつたとしても、それは本願考案の要旨とする構成に直接関係のないそれ自体周知のプリント配線技術などのスイツチ自体の具体的構造によるものである。
なお、回路の切換えを実際に行なうのは、固定基板上の端子と移動部材上の可撓接点であつて、本願考案の構成においては、シヤツタ釦と移動部材の連動の態様は特定されていないのであるから、シヤツタ釦の押圧方向と固定基板上の端子の配列方向との間に限られたスペース内で切換可能とする作用効果を生ずる直接の因果関係はない。
第4. 証拠関係
原告は、甲第1号証ないし第8号証を提出し、乙号及び丙号各証の成立を認めた。
被告は、乙第1、第2号証の各1ないし3、第3号証の1ないし4、第4号証ないし第6号証を提出し、同補助参加人らは、丙第1号証の1ないし3、第2、第3号証、第4、第5号証の各1ない3を提出し、ともに甲号各証の成立を認めた。
理由
1. 請求原因事実中、本願考案につき、出願から審決の成立にいたるまでの特許庁における手続の経緯、本願考案の登録請求の範囲、補正却下決定の理由及び審決理由の要点は、いずれも当事者間に争いがない。
2. まず、原告主張の取消事由のうち、補正却下の違法の点について判断する。
Ⅰ 手続上の瑕疵について
実用新案法第35条第1項、同法第41条によつて準用される特許法第159条第1項、さらにこれによつて準用される同法第54条の規定によると、実用新案登録出願についてされた拒絶査定に対する審判手続において、いわゆる出願公告決定謄本送達後の補正があり、その補正が特許法第64条の規定に違反すると認められたとき、審判官は審決前に決定をもつてその補正を却下すべきものと解される。そして、実用新案法第41条によつて準用される特許法第157条第1項には、審決があつたときは審判が終了する旨規定されているので、結局、審判官は審決の成立する前に補正却下の決定をしなければならないことになる。ところで、審決及び補正却下決定がいつの時点において成立するかについては、特段の規定がなく、解釈上議論の余地がないとはいえないが、審決について、特許法第157条第2項に、所定事項を記載した文書に審判官が記名押印しなければならない、同条第3項に、特許庁長官は、審決があつたときには、その謄本を当事者その他の者に送達しなければならないとの規定があり、補正却下決定についても特許法施行規則第33条及び第37条にほぼ同趣旨の規定があることに徴すると、審決書及び決定書の原本が作成されて、その内容が変更すべからざる状態にいたつた時点、すなわち、当該審判官がその原本に記名押印を完了した時点をもつてそれぞれ審決及び補正却下決定が成立するものと解せざるをえない。
そこで本件についてみるに、本件補正却下決定の理由中に審決理由が引用されていることは、被告も自認しており、この点のみに着眼すれば、本件却下決定は、原告主張のように、審決成立後になされたかに推測されないではない。
しかし、一方、成立に争いのない甲第2号証、第4号証、第7、第8号証によると、本願については、昭和43年8月21日付及び昭和47年4月24日付の各手続補正書によつてそれぞれ明細書の補正があつたところ、審判官は審決の理由の冒頭において、右前者の補正書によつて補正された明細書及び当初出願書に添付された図面に基づいて本願考案の要旨を認定していることが明白であり、この事実に、本件補正却下決定と審決とが同一構成の審判官によつて同一日付をもつてされている点をあわせると、審判官としては、もちろん右後者の補正書による本件補正を見落したものではなく、これを却下した決定があつたことを当然の前提としたうえで、本願考案につき本件補正前の要旨を認定し判断しているのであつて、たまたま、本件補正却下決定の決定書の作成に際し、審決と重複する理由づけを掲げることを避ける意図のもとに、審判官内部においてはすでに形成されている審決理由を「本件審決の理由に記載したと同じ理由により」という表現で引用した(本来、現実には成立していない文書を引くこと自体背理ではあるが)に過ぎないものと考えるのが相当である。
そうだとすれば、本件補正却下決定の理由中に審決理由が引用されているとの一事だけでは、その決定が審決の成立した後、すなわち、審決原本に審判官の記名押印がなされた後に成立したものとは断定できないものであり、他にその事実を認めるに足りる証拠はない。
以上の次第であるから、本件補正却下決定をもつて手続上当然無効であるとする原告の主張は採用することができない。
Ⅱ 実体上の判断について
争いのない補正後の登録請求の範囲中、「各種撮影限界をランプ点滅によつて確認するために各限界感知に応じて装置回路に切り替えるための多数の端子を有する警告装置の作動回路閉成端子」との記載(なお、右記載のうち、……警告装置とある個所までが本件補正の内容となつている。)と、これに引続く、多数の端子とシヤツタ釦の押圧操作に連動して順次橋絡するスイツチの構成に関する記載に、成立に争いのない甲第5号証(本願考案の当初の明細書)を総合すると、本願考案の補正後の要旨における警告装置とは、各種撮影限界のそれぞれを感知すべき多数の作動回路と、各回路間を切り替える多数の端子とを備え、シヤツタ釦の押圧に連動して各端子を順次橋絡して各作動回路を切り替えることにより、各種撮影限界をシヤツタ釦の押圧に伴うランプの点滅によつて順次警告表示するものであることが明らかである。これに対し、争いのない補正前の登録請求の範囲中、「各種撮影限界を確認するための警告表示装置の作動回路閉成端子及び露光時間自動調定装置の作動回路閉成端子等の多数の端子(2)'、(2)"、(2)」との記載及びこれに引続く、シヤツタ釦に連動して多数の端子を順次橋絡するスイツチの構成に関する記載によれば、本願考案の補正前の要旨にあつては、警告表示装置の作動回路閉成端子と露光時間自動調定装置の作動回路閉成端子とがシヤツタ釦の押圧操作に伴い順次橋絡されて各作動回路が閉成するという右両装置間の順次作動関係に関する構成は特定されているけれども、補正後の要旨におけるような、警告装置自体の内部における順次作動に関する構成は、何ら限定されていないというべきである。
被告らは、補正前の「各種撮影限界を確認するための警告表示装置の作動回路」及びその閉成端子は当然複数である旨主張する。しかし、本願考案の補正前の要旨において警告表示装置の作動回路閉成端子と露光時間自動調定装置の作動回路閉成端子等の合計「多数の端子」であることは明らかであるが、そのことから、警告表示装置の作動回路自体が多数の閉成端子を有したり、右装置に多数の作動回路が備えられたりすることにはならない。もつとも、右装置には「各種撮影限界を確認するための」という修飾語があるが、各種撮影限界を警告表示するには、その装置が必ず複数の閉成端子で切り替えられる複数の作動回路を備えなければならないとは考えらないし、そのような警告表示装置の内部構成が自明の技術事項であることを認めるべき証拠もない。
そうだとすると、本願考案の補正後の要旨には、補正前の要旨にはない、警告表示をランプの点滅によつて行なうことのほか、「各限界感知に応じて装置回路に切り替えるための多数の端子を有する警告装置」という限定が加わつているところ、本件補正却下決定は、争いのないその理由によれば、右後者の限定について何ら言及することなしに、補正後の本願考案が登録要件を備えないとして補正却下の結論を出していることが明らかであるから、その結論にいたつた判断過程に誤りがあるといわざるをえない。なお、右理由中にある「本件審決の理由に記載したと同じ理由により」との記載部分については、仮に、審決理由を斟酌しうるものとしても、本件審決理由は、補正前の要旨について認定し、判断するのであつて、本件補正によつて加わつた限定については何らの判断をも示していないものである。
以上のとおりであるから、本件補正についてした補正却下決定の判断は誤りであり、したがつて、その補正却下決定を前提として、本願考案の要旨を補正前のものと認定し、本願考案の進歩性を否定した本件審決は、その余の争点について判断するまでもなく違法であつて、取消を免れない。
3. よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条、第94条、第93条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(荒木秀一 橋本攻 永井紀昭)